軍裏@ふたば保管庫 [戻る]
計画書は北海道、台湾、シンガポール、スマトラ島(インドネシア)をそれぞれ上陸地とする四つの作戦を併記し、 利点や課題を検証する内容。この中で、北海道は本州への早期上陸を最優先するなら「ベストな選択」としたが、 気象面の制約なども指摘。結論として台湾上陸を上層部に進言し、北海道上陸作戦は幻に終わった。 計画書によると、米英軍は北海道上陸作戦に陸軍など13個師団以上(後続部隊を含む)のほか、 空母など100隻以上、航空機約3200機を投入する。 3方面から上陸する地上部隊のうち、苫小牧からの部隊は苫小牧―小樽間など道央を中心に制圧。 十勝・釧路の部隊は帯広に兵を進め、周辺の飛行場を奪う。宗谷の部隊は稚内を攻略し、 日本海への入り口の宗谷海峡の制海権を確保。各部隊は最終的に「北海道全域を占領する」としている http://www.hokkaido-np.co.jp/news/international/583557.html |
もう10数年早く機密情報解除されてればパンツァーフロントに北海道マップが・・・ |
太平洋戦争中の北海道防衛計画についてはさぁぷらすさんのレポートが詳しいけど、S18時点ではほとんど防備がなされていないから進攻作戦が行われていたらどうなっていたことか。継続して維持できたかどうかは別だけど。 http://www2u.biglobe.ne.jp/~surplus/tokushu42.htm |
>43年10月25日付で関係機関に提示した。 まて これ、北海道(日本唯一の寒冷地)の冬の真っ最中に作戦実行する気か 爆撃機基地稼動するの春まで待つようじゃないか? 「早期」降伏に追い込むにはタイミング悪いような |
>>45年夏の決行を想定した「北海道上陸作戦」を立案していたことが ここを落ち着いて読むべし! 日本軍はせっかち多いからな |
第五方面軍って、本土決戦に備えて終戦時に8万人近い陸戦兵力を温存し大量の物資集積してたはずだが、13個師団程度で内陸部まで占領出来ると思ってたのか。 |
私はむしろこの計画が今明らかにされた事に恣意的なものを感じますがね。 |
ソヴィエトの侵攻を防ぐためでしょう。 |
>13個師団程度で内陸部まで占領出来ると思ってたのか。 当時のアメリカの1個師団は日本の2個師団以上の戦力だったよ。 実質26個師団以上の戦力。 |
実行されていれば北方領土問題も沖縄の問題も起きなかったというのに・・・ むしろ樺太と北千島もついでに占領されてればいまごろ返還交渉で本土復帰だったな・・・ |
>第五方面軍って、本土決戦に備えて終戦時に8万人近い陸戦兵力を温存し大量の物資集積してたはずだ 主力は千島だから道東だと >>最初に第五方面軍は、沿岸で上陸軍を支える間に機動決戦兵力と投入して、水際で撃破する作戦を考えていました。しかし機動決戦兵力となる予定の兵団が一気に引き抜かれたため、まともに機動戦力として使える部隊は第七師団のみとなります。道東に上陸した連合軍は第七師団が、西部に上陸してきた連合軍は室蘭の要塞地区に展開した兵力と第四二師団で迎え撃つことになっていましたが、その中間に位置する苫小牧はどちらの師団からも遠い位置でした。結果として、苫小牧は守備位置の関係で放棄されることになりました。作戦的には第七師団が駆けつけることになっていましたが、圧倒的な上陸軍に僅か1個旅団で満足な抵抗も出来るはずもありません。第百一旅団の任務は、在道各兵団が守備位置に展開するまでの時間を得るために、出来るだけ苫小牧の敵を他に動かさないようにする、つまり囮にも近い任務だったのです。 というお寒い状況だから13個師団も来られたら手も足も出なかったと思われる。 |
しかし日本海軍と戦闘してる水上部隊とは別に 一気に13個師団運べる輸送力と護衛能力がイヤ過ぎる |
[転載禁止]までコピペとはやっつけすぎる |
スレ画ってエロゲデブのデザインだっけ? |
シュガポフさんのデザインですね |