安倍晋三首相の靖国神 - 韓国経済@ふたば保管庫

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統治時代の鉄道資料には乗降客数から駅弁情報まで満載 日本人の記録に思う

安倍晋三首相の靖国神社参拝に対する韓国メディアの非難報道が冷めやらぬ中、年は越したが、韓国では靖国参拝問題よりもむしろ、年末ギリギリまで3週間以上にわたって続いた鉄道ストライキが大きな社会問題だった。見た限りでは、デモの規模や激しさは、鉄道ストの方が靖国参拝非難よりもはるかに勝っていた。

 歴史認識問題と鉄道問題を無理やりこじつけたわけではないが、年越しと新年を迎えるこの時期に、90年近く前の朝鮮半島の鉄道状況を記した資料を読み返してみた。

 「朝鮮鉄道沿線要覧(朝鮮拓殖資料調査会)」と題したこの資料は、今から87年前の昭和2年(1927年)に発刊された。一言で言えば、「朝鮮半島旅行ガイドブック」のような出版物と思っていただければ分かりやすい。

http://sankei.jp.msn.com/world/news/140102/kor14010212000000-n1.htm
統治時代の鉄道資料には乗降客数から駅弁情報まで満載 日本人の記録に思う
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約1100ページと、かなりのボリュームだ。現在のソウルと釜山を結ぶ京釜線。ソウルから平壌方面、現在の北朝鮮へと伸びた京義線。南西部の湖南線。その他、朝鮮半島に当時、敷設された鉄道(私設鉄道も含む)と計画線(計画段階の路線)の各駅がある町や沿線近郊を、写真や手書きの地図も掲載し紹介している。
たとえば、南東部の大邱では薬の市場が有名であるとか、現在の北朝鮮側で韓国との軍事境界線に近い開城は高麗人参の名産地で栽培が盛んであるとかを、分かりやすく説明している。どこそこの駅には弁当が売っており、立ち売りから食べ物が買える、駅から最寄りの旅館は−などとの案内もある。 川での洗濯の風景や朝鮮半島の人々の服装が写真で紹介され、キムチをはじめとした朝鮮半島の食べ物や、あいさつの仕方についても記している。当時の朝鮮半島の風俗の一端が理解でき、タイムスリップして、あたかも90年ほど前の朝鮮半島を旅しているかのような気分になる。
統治時代の鉄道資料には乗降客数から駅弁情報まで満載 日本人の記録に思う
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この「ガイドブック」。当時の朝鮮半島の状況を、理解しやすく現在に伝えてくれるのだが、何よりも驚かされるのが、情報の緻密さ、細かさなのだ。半端ではない。鉄道駅ごとに、一日あたりの乗降客数、貨物の取扱量と貨物収入が紹介され、町ごとの居住人口を朝鮮人(韓国人)と日本人に分けて一桁の台まで記載。付近の学校の児童数も細かく記している。
 「よくぞ、ここまで調べあげ、記録したものだ」とただ舌を巻く。たった一冊の本なのだが、その内容は極めて精密で、当時の朝鮮半島の記録としては貴重なものの一つに思える。 この本が発刊された昭和2年は、日本による朝鮮半島の統治(韓国併合、1910〜1945年)が始まって18年目にあたり、年数から言えば、ちょうど朝鮮半島支配の折り返し点にあった。当時の日本は不況に加え、人口増の問題を抱えていた。こうした中、井上準之助元蔵相(元日銀総裁)らは、自ら朝鮮半島に足を運び、国内経済悪化の突破口を朝鮮半島に見いだし、日本から朝鮮半島への投資を呼びかけており、これも記録として残されている。
統治時代の鉄道資料には乗降客数から駅弁情報まで満載 日本人の記録に思う
  この2年後に世界恐慌が起こり、そのあおりを受けて、翌年の昭和5年(1930年)から6年(31年)に大不況(昭和の大恐慌)が日本を襲った。朝鮮半島への投資を訴えた井上元蔵相は、翌7年に蔵相時代の経済悪化などを理由に「血盟団事件」で暗殺された。日本の朝鮮半島統治は、すでに折り返し点を過ぎていた。

 日本の朝鮮半島統治についての是非をここで語る気はない。ただ、年越しに際し眼を通した一冊の本から感じたのは、当時の日本人の調査や記録に対する姿勢や能力だ。専門に研究している方ならご存じだろうが、この一冊に限らず、日本が朝鮮半島に残した記録は莫大(ばくだい)なものだ。農水産業、土木、社会基盤(インフラ)整備、教育、その他数々。朝鮮総督府の数々の記録、資料だけでも見れば、日本が朝鮮半島で描いていたことは詳細に分かる。

   昨年11月、韓国政府は関東大震災での韓国人犠牲者の名簿なるものを公開した。東京の在日本大使館で眠っていた資料で、日韓国交正常化交渉を前に、独自に調査したというものだ。白い手袋をはめて、この資料をうやうやしく公開する様子がテレビで中継されていた。韓国が「貴重な資料」として受け止めていることが、その画面から強く伝わってきた。

一方で、日本が朝鮮半島に残した記録や資料はどうなのか。韓国では、ソウル市内にある国立中央図書館などに行くと、その一部は閲覧できる。ただ、すべては残されていない。朝鮮戦争(1950〜53年)の際に消失、紛失したものが多いという話を聞いたことがある。とにかく、保存状況は極めて悪い。
統治時代の鉄道資料には乗降客数から駅弁情報まで満載 日本人の記録に思う
  白い手袋で大事に扱われる資料と対照的なのだが、韓国では明らかに、日本統治時代の日本による資料は忌避されている感がある。歴史認識問題をめぐり、韓国メディアが日本を非難する際、「よからぬ」「けしからん」という表現を多用するが、日本当局のかつての記録こそが韓国にとって、まさしく「けしからんもの」なのかもしれない。

 こう書けば、日本が残した資料、記録が「かわいそう」に思うかもしれない。ご存じの方もいらっしゃると思うが、筆者が年末年始に読み返した本を含め、これらの資料、記録はほとんどが、東京の国会図書館など日本で保存されている、はずだ。

 是非はともかく、しかし、記録は記録である。未来永劫(えいごう)、記録として残され、日韓の歴史の研究資料ともされるだろう。ただ、日本が明治、大正、昭和(20年まで)に残した資料、記録の中には、当時の文体で書かれたものが多い。閲覧したいかどうかはともかく、明治、大正時代の文体を理解できる人が、現在の韓国にどれだけいるだろうか。

  >日本から朝鮮半島への投資を呼びかけており、これも記録として残されている
>日本が朝鮮半島に残した記録は莫大(ばくだい)なものだ
なんという苛烈な植民地支配